「イエスによって語る」
ヘブライ人への手紙 1章1〜6節
イエスが神の子として、この世に生まれて、わたしたちの中に生きてくださったのは、人間が一人ひとり神さまのもとで、かけがえのない者であることを明らかにするためでした。十字架による罪のあがないは、まさにそれを示しています。
このためにイエスは「小さく弱くされた人たち」を訪ねました。貧富、身分、性別、宗教、民族の違いによる壁を取り除き、天地創造の初めから、すべてのものを「はなはだ良かった」と喜ばれた神の御心を現わしたのです。
この神の愛が、イエスを通してわたしたちの前に具体的に示されました。これがクリスマスの出来事だったのです。イエスは、神の真実が現わされるために、一人の人間となって、この世の重荷を背負って歩いて行かれました。これによって主はこの世を支え、創って行こうとされました。
ことしのクリスマス、六条教会では、気持ちの壁を乗り越えて、誰に対しても笑顔と祝福をもって、このイエス・キリストを伝えたいと願っています。わたしたちにできることは限られています。それでも、祝福の言葉をかけて主を伝えることならできるでしょう。お互いの貴さ、かけがえのなさを明らかにして伝えるために祝福の言葉をかけましょう。
「あなたは祝福された人」という主の呼びかけの意味を知り、それを味わって生きるための新しい人生が始まる時、そこにクリスマスの喜びは生まれます。みなさんも、祝福された新しい人生を、どうぞ歩み始めてください。
〔 旭川六条教会 『 週報 』 2013.12.29 より〕